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マニエリスムの技法

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マルエリスム時代の代表作品

マルエリスム時代を代表する絵画

ドメニコ・ディ・パーチェ・ベッカフーミ(1486年~1551年)…
「キリストの黄泉下り」純粋なシエナ派の最後の代表者の一人。
ポントルモ (1494年~1556年)…
「十字架降下」アンドレア・デル・サルトに師事。ミケランジェロやデューラー、ボッティチェリなどの作品から影響を受ける。
バッキアッカ (1494年~1557年)…
「マグダラのマリア」フィレンツェ派に属しながら、様式はマニエリスム。
ロッソ・フィオレンティーノ (1495年~1540年)…
「十字架降下」ポントルモと同じ工房で修業。マニエリスムの美術をフランスに伝える役割を果たしロッソの影響で、フランスにフォンテーヌブロー派呼ばれる画家のグループが生まれた。
ジュリオ・ロマーノ (1499年?~1546年)…
「巨人族の没落」ユリウス二世の在位の末期に、ラファエロのもとで修行を始めて1513年にはラファエロの工房で最高の地位に就く。バチカン宮殿の壁画を描きラファエロが急逝した後に壁画を完成。
ジローラモ・ダ・カルピ(1501年~1556年)…
「機会と忍耐」ジュリオ・ロマーノのマニエリスム様式に影響を受ける。
パルミジャニーノ (1503年~1540年)…
「首の長い聖母」マニエリスム初期に活躍。幻想的な物が多いのが特徴。
ブロンズィーノ (1503年~1572年)…
「愛のアレゴリー」メディチ家のフィレンツェ公コジモ1世の宮廷画家として活躍。
ダニエレ・ダ・ヴォルテッラ (1509年?~1566年)…
「キリスト降架」はミケランジェロの素描に基づく作品で、晩年のミケランジェロとの交際で知られている画家で彫刻家。
フランチェスコ・サルヴィアーティ(1510年~1563年)…
「ダヴィデのもとへ行くバテシバ」
ジョルジョ・ヴァザーリ (1511年~1574年)…
「ゲッセマネの祈り」ミケランジェロを中心にルネサンス期の芸術家の評伝を書いたことでも知られている。
ラヴィニア・フォンターナ (1525年~1614年)…
「聖家族と諸聖人」父のプロスペローはボローニャ派のリーダー的画家で彼女の師匠でもあった。
フェデリコ・バロッチ (1526年~1612年)…
「エジプトへの逃避途上の休息」
ジュゼッペ・アルチンボルド (1527年~1593年)…
連作「四季」など、マニエリスムを代表する画家の1人。静物画のように緻密に描かれた果物、野菜、動植物、本などを寄せ集めて珍奇な肖像画の製作でも知られている。
ペッレグリーノ・ティバルディ(1527年~1596年)…
ボローニャのパラッツォ・ポッジ「オデュッセウスの間」壁画
ツッカリ兄弟のタッデオ・ツッカリ (1529年~1566年)…
カプラローラのパラッツォ・ファルネーゼの壁画。ツッカリ兄弟の兄。マニエリスム派の人気画家の1人。ほとんどがフレスコ画。
ツッカリ兄弟のフェデリコ・ツッカリ (1542・1543年?~1609年)…
ローマの教皇ピウス4世の小邸宅装飾。13歳年上の兄を手伝うためにローマに出てきたのが画家としての経歴の始まり。 
ソフォニスバ・アングイッソラ  (1532年~1625年)…
「スペイン王妃エリザベート・ド・ヴァロワの肖像」スペイン王フェリペ2世の3度目の妃エリザベート・ド・ヴァロワの女官となり、女性芸術家として活躍。
アレッサンドロ・アローリ(1535年~1607年)…
「大公妃ビアンカ・カッペロの肖像」
エル・グレコ (1541年~1614年)…
「受胎告知」「聖衣剥奪」など
バルトロメウス・スプランヘル(1546年~1611年)…
「ウェヌスとアドニス」ブラバント公国(現ベルギー)の画家で、北方マニエリスムの代表的な美術家。
ルカ・カンビアーソ(1550年~1620年)…
エル・エスコリアル宮殿壁画
ヘンドリック・ホルツィウス(1558年~1617年)…
「人類の堕落」ユーリッヒ公国(現オランダ)で生まれ、バロック初期のオランダのエングレービングの代表的画家。ドイツ経由でイタリアに旅行して、そこで見たミケランジェロの絵に強い影響を受ける。 
ヨアヒム・ウテワール (1566年~1638年)…
「アンドロメダを救うペルセウス」マニエリスムのオランダ人主唱者。
ミケランジェロ・メリージ・カラヴァッジォ…
(1573年~1610年)「聖母の死」「聖マタイの殉教」光と陰の印象的な表現はバロック絵画の形成に大きな影響を与える。

最後の審判

1541年に完成したミケランジェロの『最後の審判』は、ルネサンス期の芸術家ミケランジェロの代表作品のひとつでもあり、バチカン宮殿のシスティーナ礼拝堂の祭壇に描かれたフレスコ画です。そしてこの作品で見られれるような、曲がりくねって、引き伸ばされた人体表現は「マルエリスム」時代を象徴している作品のひとつでもあります。

ミケランジェロはローマ教皇ユリウス2世からシスティーナ礼拝堂の天井画を描くよう命じられました。そして1508年から1512年にかけて『創世記』をテーマにした作品を完成させています。

それから20数年経ってから、教皇クレメンス7世に祭壇画の制作を命じられることになり、後継のパウルス3世の治世の1535年から約5年の歳月をかけて1541年に『最後の審判』が完成しました。天井画と祭壇画の間には、ローマ略奪という大事件があったため、美術史上でも【盛期ルネサンスからマニエリスムの時代】への転換期とされています。

『最後の審判』には400名以上の人物が描かれています。中央では再臨したイエス・キリストが死者に裁きを下していて、向かって左側には天国へと昇天していく人々が描かれ、右側には地獄へと堕ちていく人々が描写されています。右下の水面に浮かんだ舟の上で、亡者に向かって櫂を振りかざしているのは冥府の渡し守カロンで、この舟に乗せられた死者は、アケローン川を渡って地獄の各階層へと振り分けられていくといいます。ミケランジェロはこの地獄風景を描くのに、ダンテの『神曲』地獄篇のイメージを借りて描きました。

群像に裸体が多いため、儀典長からこの点を非難されました。そして「着衣をさせよ」という勧告が出されたこともありますが、ミケランジェロはこれを怨んで、地獄に自分の芸術を理解しなかった儀典長を配したというエピソードもあります。さらにこの件に対して儀典長がパウルス3世に抗議したところ、「煉獄はともかく、地獄では私は何の権限も無い」と冗談交じりに受け流されたという。また、キリストの右下には自身の生皮を持つバルトロマイが描かれていますが、この生皮はミケランジェロの自画像とされています。画面左下方に、ミケランジェロが青年時代に説教を聴いたとされるサヴォナローラらしき人物も描かれています。

マルエリスム時代を代表する建築

ミケランジェロ(1475年~1564年)…
「サン・ロレンツォ教会図書館」流れるような階段のラインと、内部のイスの側面の彫刻の細かさ、天井の彫刻など美しい図書館。
ジュリオ・ロマーノ(1499?年~1546年)…
「パラッツォ・デル・テ」がマニエリスム建築の代表作とも言われている。
ジョルジョ・ヴァザーリ(1511年~1574年)…
「ウフィッツィ宮殿」ドーリア式の回廊の上に2階、3階部分が建設されたルネッサンス様式の建築物で、全体としては巨大なU字型。
パラッツォ・ファルネーゼ…
1599年に建築家ジャコモ・バロッツィ・ダ・ヴィニョーラが改築。イタリア共和国ラツィオ州のコムーネ、カプラローラに建つ5角形の平面を持つパラッツォ。後期ルネサンス様式に分類される。

 
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