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受胎告知

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受胎告知

エグ・グレコは受胎告知または托身(たくしん)の作品群をいくつか描いています。岡山県にある大原美術館に所蔵されていう「受胎告知」は1590年の作品です。プラド美術館にある『受胎告知』は1570年と、年代によって受けていてる影響が『受胎告知』にもあらわれています。

1570年プラド美術館所蔵

油彩で、26.7cm×20cmのサイズはマドリッドにあるプラド美術館所蔵の『受胎告知』です。ヴェネツィア滞在の後期に描かれた作品です。大きさも小さいサイズとなっているため習作や工房用のひな形である可能性が指摘されています。

祈祷台に向かって膝間づいている聖母が、天使の来訪に驚いて読書をやめた姿を描いています。この絵からはヴェネツィア派の画法と、ティツィアーノの同作の影響、そしてティントレットの空間表現の影響が見られます。また、黄金の色使いなどから、ビザンティンの影響も読み取れる『受胎告知』になっています。

1576年ティッセン=ボルネミッサ美術館所蔵

油彩で、114cm×67cmのサイズで、マドリッドのティッセン=ボルネミッサ美術館所蔵されている『受胎告知』です。聖書内のエピソードの扱いに変化が表れています。そしてこの作品は、エル・グレコがイタリア滞在していた後期に描かていて、ヴェネツィア派の影響が見られる作品になっています。

そのため、グレコがイタリアからスペインに移住する直前にヴェネツィアを再訪したという説もありますが、その説が決定的な根拠があるわけではありません。

初期の1568年の「モデナの三連祭壇画」から、グレコの技術は大きく進歩しています。中でも構図や人物表現では、ルネサンスの古典的調和を実現しています。ガブリエルとマリアの配置は、構図の中で安定と均衡を表現しています。

またマリアには正確なデッサンと肉付けがされています。ガブリエルはそれに対して優美なプロポーションがとられているだけではなく、聖霊の象徴でもある白鳩を指すポーズに、威厳と高貴さが備わっています。聖母が祈祷台の上で大天使の話に耳を傾ける様子はヴェロネーゼに、光や色合いはティツィアーノに、物の形や扱いはティントレットに類似しています。

空間表現に建築的要素が取り込まれているのもこの作品の特徴になっています。敷石は透視図法を使って色分けされていて、明快で自然な空間の奥行きを作り出しています。その一方で人物の背後にある欄干は、奥行きを遮断して簡潔で安定した舞台にまとめています。

また、シンプルな建築の中に人物や物を設置することで、現実感を出そうとしています。色彩構成も豪華で強いコントラストを含んでいます。具体的例として挙げられるのは、赤いカーテンとマリアの青い衣装、ガブリエルの白衣と黄色のチュニックがありますが、これらは『フェリペ2世の栄光』の天井部分との類似が見られます。

背景には幻想的な効果が使われているため、ヴェロネーゼティツィアーノとの関連性も指摘されています。背景の大気の表現と逆巻く雲と閃光によって創り出されています。また、油彩技法も前作と比べて熟達していて、筆触はメトロポリタン美術館の『盲人を癒すキリスト』に類似しています。基本的な構成要素は、これからのちの『受胎告知』にも継承されいます。

1590年大原美術館所蔵

油彩で、109.1cm×80.2cmのサイズで、岡山県の大原美術館所蔵の『受胎告知』です。この作品と日本でのエル・グレコの知名度の上昇とは、強い関係性があります。

1914年に雑誌『白樺』第5年9月特集号に『オルガス伯の埋葬』他10点の図版と小泉鉄によるグレコの小伝が紹介されました。それ以降『白樺』第11号4月までさらに9点の図版が紹介されました。1916年、白樺派の準同人の木村荘八による小冊『エル・グレコ』が刊行されました。

1910年代に表現主義の先駆者としてドイツを中心にグレコは再評価されていました。その中で当時近代美術批評の先駆者だったマイヤー・グレーフェの所見を、当時の白樺派は吸収していた可能性を松井美智子氏は指摘しています。さらに西欧の再評価運動が数年後の受胎告知の招来に影響したとされています。

1922年に当時フランスに滞在していた日本人の洋画家の児島虎次郎は、あるパリの画廊でエル・グレコの『受胎告知』という作品が売りに出されていたのを眼にしました。児島はグレコの『受胎告知』の作品の素晴しさを見抜きましたが、手持ちがなかったために、児玉自身の出資者でもある大原孫三郎に送金を依頼します。児玉から大原も送られてきた写真を見て大島も了承して、児島は『受胎告知』を購入するとフランスから日本へ持ち帰りました。

結果的に、児島と大原二人の判断は的中して、現在では『受胎告知』が日本にあること自体が奇跡とまで言われています。ちなみにこの作品の選定に当たっては、当時のパリ画壇での重鎮であったアマン・ジャンが関与しています。そして日本にあるエル・グレコの作品は、大原美術館になる『受胎告知』と国立西洋美術館にある制作年不明の『十字架のキリスト』の2点だけです。

1595年ブタペスト国立西洋美術館所蔵

油彩で 91cm×66.5cmです。大原美術館所蔵の『受胎告知』とアメリカのトレド美術館所蔵作品と同じ構図になっています。大原美術館所蔵の『受胎告知』では聖母マリアの頭上には、12の星の冠が描かれています。この聖母マリアの頭上にある12の星の冠は、聖ヨハネによる黙示録第12章の「それから、壮大なしるしが天にあらわれた。太陽に包まれた婦人があり、その足の下に月があり、その頭に十二の星の冠をいただいていた。」とういう聖句から、星の冠が描かれています。

大原美術館・トレド美術館・ブタペスト美術館で描かれている雲の上の天使ガブリエルですが、他の画家の作品ではひざまずいた姿勢で描かれることが多い見られますが、エル・グレコの「受胎告知」では、天使は雲の上に乗っているので、天使ガブリエルは天界から降臨して御付けを伝えにきていることが明示されています。

天使ガブリエルが右手の二本の指を軽く立てた状態は、聖母マリアへの祝福の意を示すサインになっています。レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」でも、同じ様子の描写が見られるます

中央に描かれている鳩は、聖母マリアが純潔を保ったまま聖霊によって神の子イエスを身ごもったことを示しています。

1596年ビルバオファインアートミュージアム所蔵

油彩で 113.5cm×66cmです。ビルバオ所蔵の『受胎告知』とドーニャ・マリア・デ・アラゴン学院大祭壇画の受胎告知の構図はとてもよく似ています。色彩はビルバオの所蔵の方が強く描かれています。天使ガブリエルの頭上にはオーケストラが音楽を奏でている様子が描かれています。天使ガブリエルの緑の服もビルバオの方が緑の色調も強く、聖マリアの赤い服も色調が強く出されています。聖マリアが頭に被っているベールも、ビルバオでは青の色合いがつよくなっています。

1596年ドーニャ・マリア・デ・アラゴン学院大祭壇画

受胎告知図はドーニャ・マリア・デ・アラゴン学院の大祭壇画で、中央下部に当てはまる絵画として作られたと推測されています。この祭壇画の受注はグレコの制作活動の内で、最大規模の大きさの315cm×174cmと最大の報酬でした。1596年にエンカルナシオン学院に納めるために発注されたものです。

一般的に受胎告知として知られていますが、実際は学院の正式名称の「託身の我らが聖母」に対して捧げられたものです。このシーンは受胎したことを知らせる「告知」のシーンではなく、神の子がマリアの体内に宿った瞬間を描いたものです。天井から溢れ出る光と中央で翼を広げる聖霊である鳩が、神秘の成就を示しています。

この作品は修道院の還俗と国有化の後の1814年に、カディス議会の議場として使用されました。その後祭壇画は解体されて、作品は分散されました。元の祭壇画を再現するものは残っていませんが、2011年の時点でブカレスト国立美術館の『羊飼いの礼拝』とプラド美術館の『キリストの洗礼』とこの作品があったとする見解が強くなっています。

エル・グレコの他の受胎告知

  • 1600年…サンパウロ美術館:油彩 107cm×74cm
  • 1600年…オハイオ州トレド美術館:128cm×83cm
  • 1603年…スペイン、イリェスカス慈愛病院:油彩円形で、直径128cm
  • 1608年…スペイン、タベーラ施療院:上部はアテナ国立美術館に下部はサンタンデール・セントラル・イスパの財団の手元に収蔵
ターベラ施療院の受胎告知
この作品は、元々タベーラ病院付属教会の絵画と彫刻を含んだ祭壇衝立の一部でした。そしてこの契約は1608年11月16日に結ばれました。グレコ没年時に作成された財産目録によると、1621年には未完成の状態だったと考えられます。これ以外の祭壇衝立画の《洗礼》《第五の封印》の制作状況から、この作品もグレコの生前に構想が成立していたともみなすことができます。

 
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